martedì 23 febbraio 2010

Didatti

do-mo
木下藤吉郎です。

「食べ物を与えるのではなく、食べ物を自分で得られる教育」
これは食べ物にたとえていますが、
いろいろと当てはまるような気がします。
例えば会社の上司とかで、与えてるだけの人っていませんか?
尊敬とか、恩とか、師弟とか、いろいろ存在しますけど、
それって、与えているだけの関係ではないと思うんです。
僕がお世話になったシェフたちの中で、何も教えてくれない人がいました。
聞いても教えてくれないから、僕も躍起になっちゃって
見返してやろうとか思って、ずいぶん努力しました。
そして僕がわかった後で教えてくれるんですけど、
その意味がすごくわかるんです。
一見突き飛ばしているようなんだけど、
絶対に見放さないんです。
一番大事にされているんですよね。
言葉では、いくらでもだませると思うんです。
「良く出来たね~」とか「すばらしいね~」とか。
心地よい言葉であったり、嬉しい言葉であったり、
自分を持ち上げてくれる言葉は必要なんですが、
でも実際はどうなんでしょうかね。それだけで
自分が本当に得られるようになったんですかね。
僕は言葉に振り回されることが過去に何度もありました。
悪い言葉も、良い言葉も。
僕のお世話になった、シェフたちは、皆
「動じない」ということでは、一致していたような気がします。
決して無愛想っていうことではなくて、
威厳というか、
賞賛されたりしてもちっとも振り回されないんですよね。

常に先のことを考えている、
常に責任を感じている
様々な圧力に耐えてきている、
だから表面上は静かなのに、頭の中では、
ものすごい回転で常に考えているんですよね。

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