~Meeting~
原点を忘れなければ仕事は楽しめます。
仕事だけでなく、
なんでもそうなんだと思います。
自分が納得しないでやっていることは、
自分がなくなっています。
何かを始めるには、納得するまで、
自分を持っていくことだと思います。
納得していない限り、心の底から
学ぶことなんて出来ないと思います。
domenica 28 febbraio 2010
sabato 27 febbraio 2010
Tirocinio
~Meeting~
夢は大きく持つべきだと思います。
でも夢を夢で終わらせたら、
それこそ夢見る人で終わってしまいます。
どこまで夢を現実的に考えられるか。
それが、夢を持つことの本当の価値なんだと思います。
僕も含めて、生意気なヤツは沢山います。
僕は、そういうヤツの方が好きです。
でも、生意気な人間が、どんなに好き勝手言ってても、
言っていることが実際に実現していなければ、
ほら吹きになってしまいます。
勝ち負けってどこでも存在すると思うんですが、
少なくとも、現実を見ていて、必要ならば
変えられることが前提なんだと思います。
それができていなければ、
次第に相手にもされなくなっていきます。
そこで卑屈になって、従順になったフリとかされると、
もう哀れとしかいいようがなくなってしまいます。
生意気なら生意気で押し通していただきたいです。
厨房とかって、ホントにキツいヤツとかいますよ。
あそこは、常に上を狙う者同士が、
睨み合っていますから。
厨房は、現実的に評価される場所です。
どんなにうまいこと言っても、理想論を並べ立てても、
結果が悪ければ、評価されません。
この段階で見切りをつけて、辞めていく人は多いです。
根性だけでも厨房ではハシリに使われるだけです。
グローバルな時代になって、厨房ではよりシビアになって
きています。それこそ、5年6年修行したら、
その根性だけが認められて、
自動的に上に上がれる時代ではありません。
次から次へと若い人材が入ってきて、食うか食われるかの
世界です。すぐに追い抜かれてしまうでしょう。
多くの人が修行を求めてきますが、
修行は保険とは違います。
授業料を頂いている立場ではありませんから、
こちらが約束をしなければならないようなことは
ないわけです。だから誰もが勝つか負けるかの瀬戸際に
立っています。それが平等というものです。
その中で、寝る間も惜しんで研究し、探求し、考え、悩み、
それが蓄積されて、表に出てきたときに、正当な評価を
受けることができるでしょう。
厳しいことなのかもしれませんが、それができたときに、
初めて夢が一つ現実に近づくんです。
そうやってつかんだ現実は、世間のいう評価に
左右されない、
自分の中の絶対の自信になっているはずです。
ただ、そんなに苦労しなくても、
カタチを作ることはできると思います。
料理の中で言えば、
知識、道具、間違いのないレシピ、など。
これがカタチです。
これらは、
苦労して修行しなくてもある程度は手に入りますし、
やりながらアレンジもできます。
しかし、修行の本来の目的は、
全てを自分の責任に変える転換力をつけることです。
本来の修行とは、なんちゃって修行とは違います。
自分の人間力、精神力、先見力、思考力、洞察力、
恒常性上の推進力などを磨くものです。
なんちゃって修行には、「そんなもんでいいよ」
が多いような気がします。
それには表面上の許容範囲があって、
そこに達していれば
「いいよ」ということです。
しかし、本来の修行では些細な妥協も許されません。
責任を持つ=これは自分との戦いということでしょう。
修行先にもよるとは思いますが、
その中でも上手く逃げている人もいます。
自分にムチ打って、自分に厳しくすることは、
一生という長いスパンで考えると、
並大抵なことではないと思います。
そんな並大抵ではない修行が出来る環境は、
やはり並大抵な場所ではないでしょう。
並大抵ではない人たちの中にいることが、
普通であるかのような人になってくれば、
純粋な同志となるし、励みにもなるでしょう。
自分に厳しい人になれればなれるほど、
器は大きくなります。
自分が強くなればなるほど、行動範囲も
広くなるはずです。
完璧な人などいません。
つらいと思ったら、同じようにつらい思いを
している人に会うことです。
そして自分の話をして励ますことです。
壁にぶつかったな思ったら、勉強することです。
見て、読んで、書いて、知って、試すことです。
辞めたいなと思ったら、すぐに相談することです。
師匠が怖かったら、信頼できる先輩に、
正直に打ち明けることです。
人に相談の出来ない人は、絶対にうまくいきません。
相談しない人は、どこにいってもいずれ孤立します。
気取っているのが一番嫌われます。
夢は大きく持つべきだと思います。
でも夢を夢で終わらせたら、
それこそ夢見る人で終わってしまいます。
どこまで夢を現実的に考えられるか。
それが、夢を持つことの本当の価値なんだと思います。
僕も含めて、生意気なヤツは沢山います。
僕は、そういうヤツの方が好きです。
でも、生意気な人間が、どんなに好き勝手言ってても、
言っていることが実際に実現していなければ、
ほら吹きになってしまいます。
勝ち負けってどこでも存在すると思うんですが、
少なくとも、現実を見ていて、必要ならば
変えられることが前提なんだと思います。
それができていなければ、
次第に相手にもされなくなっていきます。
そこで卑屈になって、従順になったフリとかされると、
もう哀れとしかいいようがなくなってしまいます。
生意気なら生意気で押し通していただきたいです。
厨房とかって、ホントにキツいヤツとかいますよ。
あそこは、常に上を狙う者同士が、
睨み合っていますから。
厨房は、現実的に評価される場所です。
どんなにうまいこと言っても、理想論を並べ立てても、
結果が悪ければ、評価されません。
この段階で見切りをつけて、辞めていく人は多いです。
根性だけでも厨房ではハシリに使われるだけです。
グローバルな時代になって、厨房ではよりシビアになって
きています。それこそ、5年6年修行したら、
その根性だけが認められて、
自動的に上に上がれる時代ではありません。
次から次へと若い人材が入ってきて、食うか食われるかの
世界です。すぐに追い抜かれてしまうでしょう。
多くの人が修行を求めてきますが、
修行は保険とは違います。
授業料を頂いている立場ではありませんから、
こちらが約束をしなければならないようなことは
ないわけです。だから誰もが勝つか負けるかの瀬戸際に
立っています。それが平等というものです。
その中で、寝る間も惜しんで研究し、探求し、考え、悩み、
それが蓄積されて、表に出てきたときに、正当な評価を
受けることができるでしょう。
厳しいことなのかもしれませんが、それができたときに、
初めて夢が一つ現実に近づくんです。
そうやってつかんだ現実は、世間のいう評価に
左右されない、
自分の中の絶対の自信になっているはずです。
ただ、そんなに苦労しなくても、
カタチを作ることはできると思います。
料理の中で言えば、
知識、道具、間違いのないレシピ、など。
これがカタチです。
これらは、
苦労して修行しなくてもある程度は手に入りますし、
やりながらアレンジもできます。
しかし、修行の本来の目的は、
全てを自分の責任に変える転換力をつけることです。
本来の修行とは、なんちゃって修行とは違います。
自分の人間力、精神力、先見力、思考力、洞察力、
恒常性上の推進力などを磨くものです。
なんちゃって修行には、「そんなもんでいいよ」
が多いような気がします。
それには表面上の許容範囲があって、
そこに達していれば
「いいよ」ということです。
しかし、本来の修行では些細な妥協も許されません。
責任を持つ=これは自分との戦いということでしょう。
修行先にもよるとは思いますが、
その中でも上手く逃げている人もいます。
自分にムチ打って、自分に厳しくすることは、
一生という長いスパンで考えると、
並大抵なことではないと思います。
そんな並大抵ではない修行が出来る環境は、
やはり並大抵な場所ではないでしょう。
並大抵ではない人たちの中にいることが、
普通であるかのような人になってくれば、
純粋な同志となるし、励みにもなるでしょう。
自分に厳しい人になれればなれるほど、
器は大きくなります。
自分が強くなればなるほど、行動範囲も
広くなるはずです。
完璧な人などいません。
つらいと思ったら、同じようにつらい思いを
している人に会うことです。
そして自分の話をして励ますことです。
壁にぶつかったな思ったら、勉強することです。
見て、読んで、書いて、知って、試すことです。
辞めたいなと思ったら、すぐに相談することです。
師匠が怖かったら、信頼できる先輩に、
正直に打ち明けることです。
人に相談の出来ない人は、絶対にうまくいきません。
相談しない人は、どこにいってもいずれ孤立します。
気取っているのが一番嫌われます。
giovedì 25 febbraio 2010
Chakra
こんにちは。
木下藤吉郎です。
昨日このブログ調子悪くて、
全然投稿できなかったでつ。
あ、金魚とハム飼いはじめました。
エサとかもあげられるんで、
かわいがってくんさい♪
よろしこ。
よろしこしろよ
後ろから読んでもよろしこしろよ
真ん中から読んだらこしろよよろ・・・・・・
小さなハエみたいなのがさっきからうっとーしぃです
春は好きですけど、虫がわくんで嫌です。
ハエってどっから入ってくるのだ?!
窓なんて開けてないのにな。
上丹田中丹田下丹田って知ってますか?
これは合気道とか、武道の世界でよく使う言葉ですが、
体の運動能力などのバランス感覚とか、
脱力によって、最大限に機能を向上させるための
大切な感覚の一つです。
電車につり革につかまらないで、バランスよく立っている状態は、
主に下丹田が発揮されています。
これは、へその下あたりにあります。
重たいものを持ったときに無意識に力を発揮するのもここです。
下丹田の感覚が鈍いと、体のバランスが崩れやすく、
力も入りにくくなります。
体がやせているのに、重いものをひょいっと持ち上げるひとは、
下丹田の発達している人です。
下丹田の感覚はスポーツで言えば、
スキーとかスノボーをやっているとわかりやすいです。
もう一つ下丹田を意識させる方法は、
限りない脱力をすることです。
立っているか、くしゃっとなってしまうかの寸前の状態です。
くしゃっとなる瞬間、
敏感な人なら下丹田の存在に気づくはずです。
丹田=ハラ
下丹田の発達している人は表情も違います。
驚くほど落ち着いた表情をしています。
「胆(ハラ)がすわっている」というのも、
下丹田からきています。
上丹田は、眉間にあります。
中丹田は、乳首と乳首の間にあります。
それぞれの機能がバランスよく発揮されると、
運動能力が向上します。
ただ、すべての丹田は、
体の中央から少し前に突き出している
ようになって働いているので、
体全体としてはバランスが悪いです。
なので、
中央からやや後ろのセンターの重心が必要となります。
センターとは体を正面からみると、真ん中に走っている線です。
側面からみると、真ん中から後ろの位置に線があります。
この両方を活かせている人は、
あらゆる能力が高く発揮されるとも言われています。
人ではありませんが、
魚などはその優れた運動能力を持っている
生物の一つです。
それから、脳も運動のひとつです。
集中力もこの運動能力と関係が深いです。
天才ピアニストが大曲を演奏しているとき、
丹田から指へ力が働いています。
どんなに指を鍛えても、指だけの筋肉では限界があります。
なので、丹田から力を借りているんです。
現代の人たちはハラを意識しなくなったとも言われています。
便利な機械や道具があるので、普段の生活では、
ハラを意識する必要があまりないからです。
江戸時代の人たちの浮世絵などをみると、
姿勢がクネクネしています。
便利な機械のない時代の人たちは、
前後に樽のついた体重以上のカゴでも
ひょいっと持ち上げます。
ハラに全ての力が漲り、
全身の余計な力がほとんどかかっていない
状態です。
予期せぬ事態に混乱する人、てんぱる人、
落ち着きがない人や、
人前で緊張すると体が硬直してしまうような人は、
下丹田を鍛えると良いと思います。
下丹田を鍛える方法に、呼吸法というのがあります。
毎日5分だけでも続けてみたらどうでしょうか。
程度によっては内臓機能も改善されます。
まず、空気を思いっきり吸い込み、肺に沢山入れます。
ここから、イメージ力が大事になります。
イメージがうまくできると、
イメージどおりに脳からの信号が
各筋肉へ送られるからです。
(肺に沢山空気が入っていることをイメージします)
息を止めながら、その空気を
肺から、ヘソの下まで、できるだけゆっくりと降ろします。
(空気がカラダの中を下へ移動しているイメージです)
両手を使って、肺から静かに下へ押す動作をすると、
わかりやすいです。
普段使わない筋肉を動かすことになるので、
なれないうちは内蔵が少し痛く感じるかも知れないです。
ツボを押されると、悪いところが痛くなるのと同じです。
姿勢の悪い人や、胃下垂や、腸の形が歪(いびつ)な人も
現代人には多いといわれています。
本来ある位置に内臓がなかったり、
内臓が硬かったりするので痛く感じます。
これを続けると、カラダがスッキリ収まった感じを覚えます。
例えば、胃薬を沢山飲んでいる人は、胃が硬くなっています。
腸も同じで、そうなると、筋肉が硬直して上手く機能しなくなります。
ヨーグルトを毎日沢山食べる人も、外からの菌によって
腸が炎症を起こして、筋肉が硬くなることがあります。
この呼吸法で、内臓の硬くなった筋肉も
まんべんなくマッサージされるので、
すっきり収まった感じがするのです。
緊張したときによく使うあの「深呼吸」がレベルアップした感じ
といえばいいでしょうか。
丹田は全ての運動の源とも考えられています。
赤ちゃんを産む女性の子宮が下丹田の位置にあるのも、
なんとなくうなずけます。
丹田恐るべしです。
木下藤吉郎です。
昨日このブログ調子悪くて、
全然投稿できなかったでつ。
あ、金魚とハム飼いはじめました。
エサとかもあげられるんで、
かわいがってくんさい♪
よろしこ。
よろしこしろよ
後ろから読んでもよろしこしろよ
真ん中から読んだらこしろよよろ・・・・・・
小さなハエみたいなのがさっきからうっとーしぃです
春は好きですけど、虫がわくんで嫌です。
ハエってどっから入ってくるのだ?!
窓なんて開けてないのにな。
上丹田中丹田下丹田って知ってますか?
これは合気道とか、武道の世界でよく使う言葉ですが、
体の運動能力などのバランス感覚とか、
脱力によって、最大限に機能を向上させるための
大切な感覚の一つです。
電車につり革につかまらないで、バランスよく立っている状態は、
主に下丹田が発揮されています。
これは、へその下あたりにあります。
重たいものを持ったときに無意識に力を発揮するのもここです。
下丹田の感覚が鈍いと、体のバランスが崩れやすく、
力も入りにくくなります。
体がやせているのに、重いものをひょいっと持ち上げるひとは、
下丹田の発達している人です。
下丹田の感覚はスポーツで言えば、
スキーとかスノボーをやっているとわかりやすいです。
もう一つ下丹田を意識させる方法は、
限りない脱力をすることです。
立っているか、くしゃっとなってしまうかの寸前の状態です。
くしゃっとなる瞬間、
敏感な人なら下丹田の存在に気づくはずです。
丹田=ハラ
下丹田の発達している人は表情も違います。
驚くほど落ち着いた表情をしています。
「胆(ハラ)がすわっている」というのも、
下丹田からきています。
上丹田は、眉間にあります。
中丹田は、乳首と乳首の間にあります。
それぞれの機能がバランスよく発揮されると、
運動能力が向上します。
ただ、すべての丹田は、
体の中央から少し前に突き出している
ようになって働いているので、
体全体としてはバランスが悪いです。
なので、
中央からやや後ろのセンターの重心が必要となります。
センターとは体を正面からみると、真ん中に走っている線です。
側面からみると、真ん中から後ろの位置に線があります。
この両方を活かせている人は、
あらゆる能力が高く発揮されるとも言われています。
人ではありませんが、
魚などはその優れた運動能力を持っている
生物の一つです。
それから、脳も運動のひとつです。
集中力もこの運動能力と関係が深いです。
天才ピアニストが大曲を演奏しているとき、
丹田から指へ力が働いています。
どんなに指を鍛えても、指だけの筋肉では限界があります。
なので、丹田から力を借りているんです。
現代の人たちはハラを意識しなくなったとも言われています。
便利な機械や道具があるので、普段の生活では、
ハラを意識する必要があまりないからです。
江戸時代の人たちの浮世絵などをみると、
姿勢がクネクネしています。
便利な機械のない時代の人たちは、
前後に樽のついた体重以上のカゴでも
ひょいっと持ち上げます。
ハラに全ての力が漲り、
全身の余計な力がほとんどかかっていない
状態です。
予期せぬ事態に混乱する人、てんぱる人、
落ち着きがない人や、
人前で緊張すると体が硬直してしまうような人は、
下丹田を鍛えると良いと思います。
下丹田を鍛える方法に、呼吸法というのがあります。
毎日5分だけでも続けてみたらどうでしょうか。
程度によっては内臓機能も改善されます。
まず、空気を思いっきり吸い込み、肺に沢山入れます。
ここから、イメージ力が大事になります。
イメージがうまくできると、
イメージどおりに脳からの信号が
各筋肉へ送られるからです。
(肺に沢山空気が入っていることをイメージします)
息を止めながら、その空気を
肺から、ヘソの下まで、できるだけゆっくりと降ろします。
(空気がカラダの中を下へ移動しているイメージです)
両手を使って、肺から静かに下へ押す動作をすると、
わかりやすいです。
普段使わない筋肉を動かすことになるので、
なれないうちは内蔵が少し痛く感じるかも知れないです。
ツボを押されると、悪いところが痛くなるのと同じです。
姿勢の悪い人や、胃下垂や、腸の形が歪(いびつ)な人も
現代人には多いといわれています。
本来ある位置に内臓がなかったり、
内臓が硬かったりするので痛く感じます。
これを続けると、カラダがスッキリ収まった感じを覚えます。
例えば、胃薬を沢山飲んでいる人は、胃が硬くなっています。
腸も同じで、そうなると、筋肉が硬直して上手く機能しなくなります。
ヨーグルトを毎日沢山食べる人も、外からの菌によって
腸が炎症を起こして、筋肉が硬くなることがあります。
この呼吸法で、内臓の硬くなった筋肉も
まんべんなくマッサージされるので、
すっきり収まった感じがするのです。
緊張したときによく使うあの「深呼吸」がレベルアップした感じ
といえばいいでしょうか。
丹田は全ての運動の源とも考えられています。
赤ちゃんを産む女性の子宮が下丹田の位置にあるのも、
なんとなくうなずけます。
丹田恐るべしです。
martedì 23 febbraio 2010
Didatti
do-mo
木下藤吉郎です。
「食べ物を与えるのではなく、食べ物を自分で得られる教育」
これは食べ物にたとえていますが、
いろいろと当てはまるような気がします。
例えば会社の上司とかで、与えてるだけの人っていませんか?
尊敬とか、恩とか、師弟とか、いろいろ存在しますけど、
それって、与えているだけの関係ではないと思うんです。
僕がお世話になったシェフたちの中で、何も教えてくれない人がいました。
聞いても教えてくれないから、僕も躍起になっちゃって
見返してやろうとか思って、ずいぶん努力しました。
そして僕がわかった後で教えてくれるんですけど、
その意味がすごくわかるんです。
一見突き飛ばしているようなんだけど、
絶対に見放さないんです。
一番大事にされているんですよね。
言葉では、いくらでもだませると思うんです。
「良く出来たね~」とか「すばらしいね~」とか。
心地よい言葉であったり、嬉しい言葉であったり、
自分を持ち上げてくれる言葉は必要なんですが、
でも実際はどうなんでしょうかね。それだけで
自分が本当に得られるようになったんですかね。
僕は言葉に振り回されることが過去に何度もありました。
悪い言葉も、良い言葉も。
僕のお世話になった、シェフたちは、皆
「動じない」ということでは、一致していたような気がします。
決して無愛想っていうことではなくて、
威厳というか、
賞賛されたりしてもちっとも振り回されないんですよね。
常に先のことを考えている、
常に責任を感じている
様々な圧力に耐えてきている、
だから表面上は静かなのに、頭の中では、
ものすごい回転で常に考えているんですよね。
木下藤吉郎です。
「食べ物を与えるのではなく、食べ物を自分で得られる教育」
これは食べ物にたとえていますが、
いろいろと当てはまるような気がします。
例えば会社の上司とかで、与えてるだけの人っていませんか?
尊敬とか、恩とか、師弟とか、いろいろ存在しますけど、
それって、与えているだけの関係ではないと思うんです。
僕がお世話になったシェフたちの中で、何も教えてくれない人がいました。
聞いても教えてくれないから、僕も躍起になっちゃって
見返してやろうとか思って、ずいぶん努力しました。
そして僕がわかった後で教えてくれるんですけど、
その意味がすごくわかるんです。
一見突き飛ばしているようなんだけど、
絶対に見放さないんです。
一番大事にされているんですよね。
言葉では、いくらでもだませると思うんです。
「良く出来たね~」とか「すばらしいね~」とか。
心地よい言葉であったり、嬉しい言葉であったり、
自分を持ち上げてくれる言葉は必要なんですが、
でも実際はどうなんでしょうかね。それだけで
自分が本当に得られるようになったんですかね。
僕は言葉に振り回されることが過去に何度もありました。
悪い言葉も、良い言葉も。
僕のお世話になった、シェフたちは、皆
「動じない」ということでは、一致していたような気がします。
決して無愛想っていうことではなくて、
威厳というか、
賞賛されたりしてもちっとも振り回されないんですよね。
常に先のことを考えている、
常に責任を感じている
様々な圧力に耐えてきている、
だから表面上は静かなのに、頭の中では、
ものすごい回転で常に考えているんですよね。
Orgoglio
長いこと料理を作る仕事をしていますと、
実に様々な新人さんや、血走ったような
人たちを教育する場面にぶつかります。
若いなりのエネルギーはとても大切なことですし、
それを威圧でもぎ取ってはいけないと思います。
ただ、僕が料理の仕事をしてきて、非常に厄介だなと思う人は、
ろくに経験もないのに『頭だけで先に知りすぎる人』です。
経験が浅い割りに、理想や知識ばかりを先に持っている人の多くは、
素直さに欠ける場合が多いような気がします。
それはイコール、わかったような気持ちになっている人です。
過去にそういう人たちは沢山いましたが、
皆、すぐに辞めていきました。
そういう人に限って、僕はコレは知っている、俺はあれを知っていると
言いたがるものです。
言わなければわかってもらえないと思っているからです。
でも、仕事中の動きを見ていればすぐにわかります。
経験の長い人から見れば、すぐに見抜かれます(笑)
あえてこちら側から、いちいち口に出さないだけです。
知っていることと、わかっていることとは根底的に違います。
また、知識と人格は次元が違います。
やはり、わかっている人のほうが、非常に謙虚ですし、
素直な人が多いように思います。
「弁える」という言葉がありますが、本当にわかっている人は、
弁えがしっかりとしているように思います。
そういう人は非常に早く伸びますし、
失敗をしたときも逆境に負けることが少ないように思います。
知的で、センスがあり、謙虚であり、素直で本当の意味で強い人。
そうした上で知識と品格を備えた人であって欲しいなと思います。
さて、僕が新人のころの体験を話しますと、
僕は、イタリア料理を始めようと思ったときに、
沢山の資料などを集め、準備をしていました。
それは自分が目標としているシェフのレシピ本だったり、
所謂うんちくなどが載っているような専門書です。
もちろんそのおかげで、沢山のことを知ることができました。
しかし、実際に入った店はそのシェフではない店でした。
現実的に、いつでも誰でも入れる世界ではありませんでした。
その適わない部分に悶々としていることもあったのですが。
そして、実際に入った店はそのシェフのやり方とは
違う方法をとっていました。
ある時、僕が「まかない」を作ろうとして、
下ごしらえをしていたら、横から『そうじゃなくてこうだろ!』
と先輩からやり方を直されたことがありました。
なぜ、ここで塩を入れるのか?
なぜ、火加減がここでは強火なのか?など。
僕はそのことに非常に納得がいきませんでした。
実は、まかないというのは、新人にとって唯一実力が
試せるチャンスなんです。
よし、この機会にと、
僕は目標としているシェフのレシピ本と同じように作っているのに、
先輩はその本と違うことを言ってくる。
そして、実際に直されてしまう。
(僕の目標としているシェフとやり方が違う・・・)
そういうことが、嫌で仕方がなかったんです。
そうすると今のこの店のレベルまでもが
とても低いような気まで、してきてしまいます。
やはり自分にも、こんなシェフのようになりたいな、とかって
ずっと目指していた目標とするような人たちがいましたので、
そういう人たちのやり方でなければ、
美味しくないとか、ウケが悪いとか、勉強に
ならないとかいう先入観があったんですね。
なかなか素直にそのお店に馴染むことができませんでした。
いま思い起こして見ても、
何てものごとを知らないヤツなんだと思いますね。
実際にその時の自分は、
大きな成長がなかったような気がします。
僕は後になって、
それぞれの店にはそれぞの店の意味がある。
そういうことがとても大事なことなんだと気づきます。
例えば、アサリを使ったスパゲッティ。
シェフによっては、にんにくを入れる人と、入れない人がいます。
フランベする人ととしない人もいます。
つまり、
『にんにくを入れない=アサリの風味をストレートに出すシェフ』と、
『にんにくを入れる=アサリの風味を違う角度で引き立てるシェフ』。
『フランベすると焦げた風味が加わるので嫌がるシェフ』
『フランベすることで、風味にコクが生まれると考えるシェフ』
皆違います。
でも実は両方美味しいし、
それが店の味だったりします。
僕はその両面を知ることではなくて、
片面だけにこだわっていたんです。
僕の知らない部分のことは全て劣っているような錯覚みたいな
ものも結構ありましたよ。
僕は非常に傲慢です(笑)
そして、ある時に僕はそのことに気づきます。
それは、全くジャンルの違う僕にとって全くの無知な
天ぷら割烹の店をやらなければならなくなったときでした。
僕の知人の店で、当時の料理長が倒れたしまったんです。
そこで、急遽僕が呼ばれたわけです。
もちろん専門的な割烹料理なんて全然わかりません。
だからもう必死ですよ。
何でも素直に言われるとおりに忠実に従いました。
まるで飼い犬のようでしたね(笑)
それからその店は一年もたたないうちに、
口コミで行列ができるようになっていました。
次第に、よその旅館の料理長が教わりにきたり、
周りの店が競合店となっていきました。
素直なことほど強いものはないような気がします。
先入観が必ずしも正しいとも限らないし、
第一、何を根拠に正しいとしているかなんて、
例えばなんで地球があるのかを考えるように、
簡単にわかるものではないと思います。
新人として大事なのは、
いろいろな先入観を表に出さず、
まず、
店それぞれの考え方を素直に学ぶべきだと思います。
それは反面教師的なことも含めてです。
そして、何があっても、ふてくされた顔は絶対にやめるべきです。
それで一番損をするのは自分ですから。
広い視野の持てる、一流のプロ意識を持っていただきたい。
それが本当のプライドだと僕は思います。
その姿勢を示すことが、やがて社会で認められる
大きなきっかけにもなると思います。
実に様々な新人さんや、血走ったような
人たちを教育する場面にぶつかります。
若いなりのエネルギーはとても大切なことですし、
それを威圧でもぎ取ってはいけないと思います。
ただ、僕が料理の仕事をしてきて、非常に厄介だなと思う人は、
ろくに経験もないのに『頭だけで先に知りすぎる人』です。
経験が浅い割りに、理想や知識ばかりを先に持っている人の多くは、
素直さに欠ける場合が多いような気がします。
それはイコール、わかったような気持ちになっている人です。
過去にそういう人たちは沢山いましたが、
皆、すぐに辞めていきました。
そういう人に限って、僕はコレは知っている、俺はあれを知っていると
言いたがるものです。
言わなければわかってもらえないと思っているからです。
でも、仕事中の動きを見ていればすぐにわかります。
経験の長い人から見れば、すぐに見抜かれます(笑)
あえてこちら側から、いちいち口に出さないだけです。
知っていることと、わかっていることとは根底的に違います。
また、知識と人格は次元が違います。
やはり、わかっている人のほうが、非常に謙虚ですし、
素直な人が多いように思います。
「弁える」という言葉がありますが、本当にわかっている人は、
弁えがしっかりとしているように思います。
そういう人は非常に早く伸びますし、
失敗をしたときも逆境に負けることが少ないように思います。
知的で、センスがあり、謙虚であり、素直で本当の意味で強い人。
そうした上で知識と品格を備えた人であって欲しいなと思います。
さて、僕が新人のころの体験を話しますと、
僕は、イタリア料理を始めようと思ったときに、
沢山の資料などを集め、準備をしていました。
それは自分が目標としているシェフのレシピ本だったり、
所謂うんちくなどが載っているような専門書です。
もちろんそのおかげで、沢山のことを知ることができました。
しかし、実際に入った店はそのシェフではない店でした。
現実的に、いつでも誰でも入れる世界ではありませんでした。
その適わない部分に悶々としていることもあったのですが。
そして、実際に入った店はそのシェフのやり方とは
違う方法をとっていました。
ある時、僕が「まかない」を作ろうとして、
下ごしらえをしていたら、横から『そうじゃなくてこうだろ!』
と先輩からやり方を直されたことがありました。
なぜ、ここで塩を入れるのか?
なぜ、火加減がここでは強火なのか?など。
僕はそのことに非常に納得がいきませんでした。
実は、まかないというのは、新人にとって唯一実力が
試せるチャンスなんです。
よし、この機会にと、
僕は目標としているシェフのレシピ本と同じように作っているのに、
先輩はその本と違うことを言ってくる。
そして、実際に直されてしまう。
(僕の目標としているシェフとやり方が違う・・・)
そういうことが、嫌で仕方がなかったんです。
そうすると今のこの店のレベルまでもが
とても低いような気まで、してきてしまいます。
やはり自分にも、こんなシェフのようになりたいな、とかって
ずっと目指していた目標とするような人たちがいましたので、
そういう人たちのやり方でなければ、
美味しくないとか、ウケが悪いとか、勉強に
ならないとかいう先入観があったんですね。
なかなか素直にそのお店に馴染むことができませんでした。
いま思い起こして見ても、
何てものごとを知らないヤツなんだと思いますね。
実際にその時の自分は、
大きな成長がなかったような気がします。
僕は後になって、
それぞれの店にはそれぞの店の意味がある。
そういうことがとても大事なことなんだと気づきます。
例えば、アサリを使ったスパゲッティ。
シェフによっては、にんにくを入れる人と、入れない人がいます。
フランベする人ととしない人もいます。
つまり、
『にんにくを入れない=アサリの風味をストレートに出すシェフ』と、
『にんにくを入れる=アサリの風味を違う角度で引き立てるシェフ』。
『フランベすると焦げた風味が加わるので嫌がるシェフ』
『フランベすることで、風味にコクが生まれると考えるシェフ』
皆違います。
でも実は両方美味しいし、
それが店の味だったりします。
僕はその両面を知ることではなくて、
片面だけにこだわっていたんです。
僕の知らない部分のことは全て劣っているような錯覚みたいな
ものも結構ありましたよ。
僕は非常に傲慢です(笑)
そして、ある時に僕はそのことに気づきます。
それは、全くジャンルの違う僕にとって全くの無知な
天ぷら割烹の店をやらなければならなくなったときでした。
僕の知人の店で、当時の料理長が倒れたしまったんです。
そこで、急遽僕が呼ばれたわけです。
もちろん専門的な割烹料理なんて全然わかりません。
だからもう必死ですよ。
何でも素直に言われるとおりに忠実に従いました。
まるで飼い犬のようでしたね(笑)
それからその店は一年もたたないうちに、
口コミで行列ができるようになっていました。
次第に、よその旅館の料理長が教わりにきたり、
周りの店が競合店となっていきました。
素直なことほど強いものはないような気がします。
先入観が必ずしも正しいとも限らないし、
第一、何を根拠に正しいとしているかなんて、
例えばなんで地球があるのかを考えるように、
簡単にわかるものではないと思います。
新人として大事なのは、
いろいろな先入観を表に出さず、
まず、
店それぞれの考え方を素直に学ぶべきだと思います。
それは反面教師的なことも含めてです。
そして、何があっても、ふてくされた顔は絶対にやめるべきです。
それで一番損をするのは自分ですから。
広い視野の持てる、一流のプロ意識を持っていただきたい。
それが本当のプライドだと僕は思います。
その姿勢を示すことが、やがて社会で認められる
大きなきっかけにもなると思います。
sabato 20 febbraio 2010
Colloquio
ドーモー
木下藤吉郎です!
今日は夕食を食べながらミーティング。
ご馳走までしてもらいました。
Tanti Grazie!
今はもう国際社会化が常識になっています。そんな中、
世界に目を向けるのは大事ですけど、
日本の中にも沢山知らない場所ってありますね。
僕は白川郷に行ってみたいな、
なんて、今日はそんな話をしながらです。
これって結構大事なことだと思います。
やっぱり僕は人と会話をしているときが一番楽しいです。
なんていうか、いろいろなことを思い出しますし、
何よりも脳が活性化されるので、やる気が出てきます。
やる気が出なかったり、落ち込んだりしているときは、
人と話をするのが僕には一番の特効薬だと思っています。
今日は、面接のあり方について話をしました。
話の発端は、今日一緒にミーティングをした人が、
ある大学の入学試験を受けたそうなんです。
その大学っていうのは社会人が受けるような
キャリアアッププログラムが充実しているところらしいんですね。
実際に試験に参加していた人たちは社会人がほとんどだったそうです。
実は、その試験内容がとてもユニークで価値的なんです。
その試験内容とは
「ディスカッション」です。
4人で1グループになって、その中でディスカッションする。
それが入学試験。
これからの時代、ディスカッション能力がとても大きな武器になります。
大手企業の社長さんたちも密かに訓練しているらしいですよ(笑)
そういう時代なんですよね。
実力主義とかっていいますけど、更にそれに拍車をかけるのが、
この「ディスカッション能力」だと思います。
実力が横一列同じくらいだったら、やっぱり実力を表現する人が
上手い人のほうが印象に残ります。
ディスカッション能力が高いということは、プレゼン能力も高いってことです。
ちなみに料理の説明をするときだって、プレゼン能力に欠けていたら、
美味しそうに聞こえないですからね。
それではお勧めしたいものがお勧めではなくなってしまいます。
一種の『在庫処分=おすすめ』だと思われるのがオチです。
だから僕も店の面接は、ディスカッション形式にしよっかな。
ま、それよりも何か作ってもらうのがいいかもしれないですね。
僕が疑問に思っているのは、料理人を採用しなければならないのに、
実際のところ面接しかしないのが実情ということです。
中には、どこで修行してきたのかが採用理由だったりもするんです。
まるで、学歴重視の企業みたいでしょ?
ナンセンスですよそんなの。
僕だったら、「この材料を使って10分で何か作ってください」とかって
いう実技試験をするかもしれません。
別に味だけで合否を決めるわけではありません。
もちろん極端にダメなのはダメですけどね。
ある程度の素質だったりセンスだったりするのは、
その人の動きを見ればわかります。
まな板だって、汚れにくいものから切るのは常識です。
仮にまな板が一つしかなかった場合、
肉と野菜があって、肉から切ることはセンスがありませんから。
ただ、それが出来ないからダメっていうわけでもないんです。
それはそれとして、あとは、
年齢とか、履歴書に書かれている経歴とかを考慮して
決めていきます。
ただ、レストランは学校ではありませんので、
新卒者でも、
ある程度の常識、知識、センスはあって欲しいですね。
やっぱり実際に、一回採用する時間を設けるだけで、
100万近くのお金のロスが発生するんだから、
コレくらいのことはやりたいですよ。
それに相手だって実力が証明できた上で採用されたほうが
やりがいもあるし、嬉しいと思うんです。
良く聞く話ですが、
実際に採用したら使えませんでしたなんて、笑い話にもならないですからね。
僕は入社してからの試用期間というのを、
料理の腕をみるためのものではなくて、
環境になれてもらうためのものと考えています。
だから新人さんは、試用期間中に
人間関係、チームワーク作りに集中してもらいたいんです。
料理の味はそれからです。
料理というのは作る側の人間性がそのまま味にも出ます。
木下藤吉郎です!
今日は夕食を食べながらミーティング。
ご馳走までしてもらいました。
Tanti Grazie!
今はもう国際社会化が常識になっています。そんな中、
世界に目を向けるのは大事ですけど、
日本の中にも沢山知らない場所ってありますね。
僕は白川郷に行ってみたいな、
なんて、今日はそんな話をしながらです。
これって結構大事なことだと思います。
やっぱり僕は人と会話をしているときが一番楽しいです。
なんていうか、いろいろなことを思い出しますし、
何よりも脳が活性化されるので、やる気が出てきます。
やる気が出なかったり、落ち込んだりしているときは、
人と話をするのが僕には一番の特効薬だと思っています。
今日は、面接のあり方について話をしました。
話の発端は、今日一緒にミーティングをした人が、
ある大学の入学試験を受けたそうなんです。
その大学っていうのは社会人が受けるような
キャリアアッププログラムが充実しているところらしいんですね。
実際に試験に参加していた人たちは社会人がほとんどだったそうです。
実は、その試験内容がとてもユニークで価値的なんです。
その試験内容とは
「ディスカッション」です。
4人で1グループになって、その中でディスカッションする。
それが入学試験。
これからの時代、ディスカッション能力がとても大きな武器になります。
大手企業の社長さんたちも密かに訓練しているらしいですよ(笑)
そういう時代なんですよね。
実力主義とかっていいますけど、更にそれに拍車をかけるのが、
この「ディスカッション能力」だと思います。
実力が横一列同じくらいだったら、やっぱり実力を表現する人が
上手い人のほうが印象に残ります。
ディスカッション能力が高いということは、プレゼン能力も高いってことです。
ちなみに料理の説明をするときだって、プレゼン能力に欠けていたら、
美味しそうに聞こえないですからね。
それではお勧めしたいものがお勧めではなくなってしまいます。
一種の『在庫処分=おすすめ』だと思われるのがオチです。
だから僕も店の面接は、ディスカッション形式にしよっかな。
ま、それよりも何か作ってもらうのがいいかもしれないですね。
僕が疑問に思っているのは、料理人を採用しなければならないのに、
実際のところ面接しかしないのが実情ということです。
中には、どこで修行してきたのかが採用理由だったりもするんです。
まるで、学歴重視の企業みたいでしょ?
ナンセンスですよそんなの。
僕だったら、「この材料を使って10分で何か作ってください」とかって
いう実技試験をするかもしれません。
別に味だけで合否を決めるわけではありません。
もちろん極端にダメなのはダメですけどね。
ある程度の素質だったりセンスだったりするのは、
その人の動きを見ればわかります。
まな板だって、汚れにくいものから切るのは常識です。
仮にまな板が一つしかなかった場合、
肉と野菜があって、肉から切ることはセンスがありませんから。
ただ、それが出来ないからダメっていうわけでもないんです。
それはそれとして、あとは、
年齢とか、履歴書に書かれている経歴とかを考慮して
決めていきます。
ただ、レストランは学校ではありませんので、
新卒者でも、
ある程度の常識、知識、センスはあって欲しいですね。
やっぱり実際に、一回採用する時間を設けるだけで、
100万近くのお金のロスが発生するんだから、
コレくらいのことはやりたいですよ。
それに相手だって実力が証明できた上で採用されたほうが
やりがいもあるし、嬉しいと思うんです。
良く聞く話ですが、
実際に採用したら使えませんでしたなんて、笑い話にもならないですからね。
僕は入社してからの試用期間というのを、
料理の腕をみるためのものではなくて、
環境になれてもらうためのものと考えています。
だから新人さんは、試用期間中に
人間関係、チームワーク作りに集中してもらいたいんです。
料理の味はそれからです。
料理というのは作る側の人間性がそのまま味にも出ます。
Attivare
「行動が出来ない理由」
動かない人ほど良く考えてから行動をしようとします。
しかし、それは逆です。
動いていない人の景色は静止画として見えています。
動きはじめると自分の視点は動きます。
条件が見えないから動けないのではありません。
動かないから見えないんです。
エネルギーがあるのに動かないでいるのは、
時間の無駄です。
しかし、
エネルギーが消耗してしまっている状態で、
無理やり動かそうとすると、うまくいかないことが多いです。
そういう場合は、エネルギーが溜るまで、
待つことです。
この2点は常に認識していたほうがよいです。
動かない人ほど良く考えてから行動をしようとします。
しかし、それは逆です。
動いていない人の景色は静止画として見えています。
動きはじめると自分の視点は動きます。
条件が見えないから動けないのではありません。
動かないから見えないんです。
エネルギーがあるのに動かないでいるのは、
時間の無駄です。
しかし、
エネルギーが消耗してしまっている状態で、
無理やり動かそうとすると、うまくいかないことが多いです。
そういう場合は、エネルギーが溜るまで、
待つことです。
この2点は常に認識していたほうがよいです。
venerdì 19 febbraio 2010
Cattiva abitudine
脳に悪い習慣とは・・・
(1)「興味がない」と物事を避けることが多い
(2)「嫌だ」「疲れた」とグチを言う
(3)言われたことをコツコツやる
(4)常に効率を考えている
(5)やりたくないのに我慢して勉強する
(6)スポーツや絵などの趣味がない
(7)めったに人をほめない
の7つでつ。
前回の答え
①A
②B
③D
④A
(1)「興味がない」と物事を避けることが多い
(2)「嫌だ」「疲れた」とグチを言う
(3)言われたことをコツコツやる
(4)常に効率を考えている
(5)やりたくないのに我慢して勉強する
(6)スポーツや絵などの趣味がない
(7)めったに人をほめない
の7つでつ。
前回の答え
①A
②B
③D
④A
mercoledì 17 febbraio 2010
Starnuto くしゃみ
DO-MO
木下藤吉郎でつ!
日本(東京)は明日朝雪だそうですよ。
「フェックション!」
そういえば、くしゃみって人それぞれ特徴がありますね。
「グァックスン!」とか
「ブワァッソン!!」とか
「ブフッ!」これちょっと苦しそ(笑)
さて、今日のミーティング内容ですが、
言葉って大事だなってことで、
まず一問目
最初に示した赤字部分の語句の意味を考えて、
それに一番近い意味だなと思うものを選んでください。
①壁に絵をかける
A毛布をかける
B馬が草原をかける
C思慮にかける
D橋をかける
E命をかける
②定員をこえる
A舌がこえる
B音速をこえる
C国境をこえる
D飼い犬が日に日にこえる
E農地がこえる
③仕事があがる
A証拠があがる
Bとんかつがあがる
C物価があがる
D費用が安くあがる
Eご挨拶にあがる
④ちょうどよいタイミング
Aよい日を選ぶ
Bよい行いを心がける
Cいさぎよい態度
D腕がよい
E書きよい鉛筆
突然ですが、どうですか?
答えは次回のときに♪
普段使っている言葉でもこうやって、
思索していくと、言葉って深いんだな~
とかって僕は感じます。
人の話を聞くのもどれだけ言葉の意味を
知っているかで、全然捉え方や、応え方も変わってきますよね。
僕ももう一度勉強したくなりました。
ではまた。
Kinoshita Tokichiro
木下藤吉郎でつ!
日本(東京)は明日朝雪だそうですよ。
「フェックション!」
そういえば、くしゃみって人それぞれ特徴がありますね。
「グァックスン!」とか
「ブワァッソン!!」とか
「ブフッ!」これちょっと苦しそ(笑)
さて、今日のミーティング内容ですが、
言葉って大事だなってことで、
まず一問目
最初に示した赤字部分の語句の意味を考えて、
それに一番近い意味だなと思うものを選んでください。
①壁に絵をかける
A毛布をかける
B馬が草原をかける
C思慮にかける
D橋をかける
E命をかける
②定員をこえる
A舌がこえる
B音速をこえる
C国境をこえる
D飼い犬が日に日にこえる
E農地がこえる
③仕事があがる
A証拠があがる
Bとんかつがあがる
C物価があがる
D費用が安くあがる
Eご挨拶にあがる
④ちょうどよいタイミング
Aよい日を選ぶ
Bよい行いを心がける
Cいさぎよい態度
D腕がよい
E書きよい鉛筆
突然ですが、どうですか?
答えは次回のときに♪
普段使っている言葉でもこうやって、
思索していくと、言葉って深いんだな~
とかって僕は感じます。
人の話を聞くのもどれだけ言葉の意味を
知っているかで、全然捉え方や、応え方も変わってきますよね。
僕ももう一度勉強したくなりました。
ではまた。
Kinoshita Tokichiro
Meeting
どーも、 こんにちは。
木下藤吉郎です。
今日はミーティングをしました。
内容は、人の話をリピートする重要性というものでした。
人の話をもう一度自分でリピートすることで、
聞いているのか、聞いていないのかが自分でもはっきりします。
それからホワイトボードの活用です。
個々それぞれがホワイトボードを持って、
もっと的確に相手にプレゼンをする場合に有効です。
これはイメージを相手に伝える必須アイテムとなります。
より良いディスカッションが出来るシステムを皆で出来るようにしたいです。
Kinoshita Tokichiro
木下藤吉郎です。
今日はミーティングをしました。
内容は、人の話をリピートする重要性というものでした。
人の話をもう一度自分でリピートすることで、
聞いているのか、聞いていないのかが自分でもはっきりします。
それからホワイトボードの活用です。
個々それぞれがホワイトボードを持って、
もっと的確に相手にプレゼンをする場合に有効です。
これはイメージを相手に伝える必須アイテムとなります。
より良いディスカッションが出来るシステムを皆で出来るようにしたいです。
Kinoshita Tokichiro
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