venerdì 30 aprile 2010

giovedì 29 aprile 2010

2010.4.29

やかましい中心者が一人いる
ところは生き残る。
中心者がおとなしいところは
滅びる。

よい指導者は人の
「わだかまり」を
取り除くことができる。

そして雅量があり、
率先垂範である。

mercoledì 28 aprile 2010

2010.4.28

器用さだけでは組織のパーツ
で終わってしまう。

料理でいう切ったり焼いたり
というのは作業の1つの
部分でしかない。だから、
器用さというのは、作業の
1つのパーツにしか過ぎない。

人と違う料理を作れる人と
いうのは、本来的な基礎を
積み重ねている人。
高尚にみえるものごとを
身近にとらえて日常に
置き換えることが
できるかどうか。

これは、自分のものにできるか
モノマネで終わるかの大きな
分かれ目である。

martedì 27 aprile 2010

2010.4.27

誰かに嫉妬しているときって

絶対にうまくいかない。
指揮者の小澤征爾氏も
若いとき相手に嫉妬する
ことに悩まされたという。

うまくいかないから。
まずやるべきことに
集中ができない。
余計な背伸びをする。
原点を失う。

ただ、それを克服したときに、
すごく色々なことが、
すっきりしたと言っている。

小澤氏は何かを目指す
人には、嫉妬だけは
克服して欲しいと訴える。

嫉妬は楽しくない。
陰険だ。
そして暗い。
だから人が寄ってこない。

人は明るいところに
集まる。
明るい人生は、
周りに頼もしい仲間が
沢山いることだ。
人脈こそが宝だ。
だから、
嫉妬は邪魔だ。

sabato 24 aprile 2010

2010.4.24

苦しい中、
歯を食いしばって
頑張っている人の姿は、
沢山の人に勇気を与える。
なんで自分はこんなに
苦労するんだと思うことより
その姿を見せることで、
誰かに勇気を与え、
元気を与える、
希望を与える。
だから自分は苦労しているんだ
と思っていたほうがいいし、
それで正しいのだ。

venerdì 16 aprile 2010

Automaticità e Indipendenza

①2×3=( )
②( )×( )=6
③( )×( )=( )

これは自立と自律の違いを表したものです。

①は自立
②は自立から自律への途中
③は自律です。

あれもこれもという複数の欲求があるうちは、
「わかる」という生理的レベルまではなかなか行き着かないと思います。
生理的レベルまで行かないものは観念論です。

野球の試合で、どうしても勝てないと悩んでいるキャプテンがいました。
そのキャプテンはある人からこう教わりました。
「まず一人のストライクを取ることからはじめたらどうか」と・

虫眼鏡で光を集めると紙が燃えるように、
全てのエネルギーを1つのことに集中させることによって、
「何か」が得られるのです。
いつまでも拡散光を紙全体にあてていたのでは、
ちょっとだけ紙が暖かくなる程度でしょう。

僕はフライパンを上手く振ることが出来なくて、
フライパンに岩塩を入れて、練習させられたことがありました。
一日中。
それは数日続きました。
重たいので筋肉痛もひどかったです。
今では感謝していますが、
皆がそんなことをやらなくても、普通にできることを
うらやましく思っていました。
僕はそこから腕を伸ばしていったんです。
それからフライパンを自由に操作することができた。
フライパンの原理をつかんだとでもいうのでしょうか。

どんなことでも、
一つ一つのことをキチンとできるようにならなければ、
出来上がったものの完成度は低いものです。
それでは人を感動させることはできないです。

一流になればなるほど、素っ気無いことがあります。
見ていてすごく簡単そうなのに、やってみると、
絶対に真似が出来ない。
おんなじ材料で同じ条件で簡単なシチューを作っているのに、
全然味が違う。

誰かを励ますときにも、
薄っぺらな人生を歩んだ人の「頑張れよ」と
深い人生を歩んだ人の「頑張れよ」は
同じ言葉なのに、違います。
1つの言葉の中にも沢山の何かを含んでいるのと同じで、
料理にも、仕事にも、違いが出てくるものです。

自律している人と自立だけしている人は、
似ているようで、全然違うのです。

lunedì 12 aprile 2010

屈託のない生活

屈託=ひとつのことにこだわってくよくよすること。
「屈託のない人」

屈託がない生活を積み重ねることによって、
強い自分になることができます。
言葉というのは不思議なもので、
使えば使うほどその通りの人になります。

知っているようで知らない言葉って結構あると思います。
感覚で放っておいてある言葉は、
あまりチカラがないように思います。

「正義」という言葉。
なんとなく、ヒーローっぽくて、
嫌いな人もいると思います。
でも、この言葉の意味は、
「正しい道理」です。
ヘンなイメージだけで、正しい道理を嫌うのは、
どうなのかなって思います。

言葉を知らないことは、
自分の人生を大きく左右します。

本当にわかっている人というのは、
感覚ではなくて、
言葉による操作ができる人です。

domenica 4 aprile 2010

Giovanilmente

ラクにやっていても「自分らしさ」なんてものは
出てきません。
追い詰められて本気にならないとつかめないです。
みんな体は1つ、頭は1つ、腕と足は二本ずつ。
違うのはやるのかやらないのか だけ。

~コートドール 斉須政雄~